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子どもは素晴らしいケアギバー

最終更新: 2019年1月15日

 お父さん・お母さんといった保護者の立場の方ががんで、がん闘病が数年間に及ぶ場合、親のがん闘病に寄り添ったり、共に生活をしている子どもたちは、立派なケアギバー(ケアラー)なのではないか、と考えています。

 実質的な介護や寄り添いや精神的な支えとなることから、配偶者やパートナーや親だけがケアギバーと表現されがちですが、お子さんがいる患者さんにとっては、お子さんの存在そのものがまさにケアではないのか、と考えています。



 例えば、子どもさんが学校から元気に帰ってくる姿を見るだけでどれだけホッとするでしょうか。背中をさすってくれたり、いたわりの言葉をかけてくれたり、薬を用意してくれることだけがケアではなくて、ただ毎日を笑顔でいてくれる、学校で元気に友達と遊んでくる、背が伸びたり成長を感じることができる、そんな日々のあたりまえのことの数々が、がんを抱える患者さんにとって大きな支えになっていると思います。


 少し当方の例をあげてみたいと思います。我が家の息子は、お父さんががんの闘病中の小学校2年生から5年生まで、皆勤賞を頂いていました。当時、首都圏の病院に度々長期入院し、治療をしていた父親のもとへ時々お見舞いに行くと、

「〇〇は頑張って学校行ってる❓」

と父親がたずねるので、

「うん、行ってるよ‼️マラソン大会も駅伝も出るんだよ‼️」

 そんな父子の会話をしては、自身の闘病に申し訳なさばかり口にしていた夫は、心なしか安心していたのだと思います。

それと同時に、息子も闘病中のお父さんの前で『子ども』を頑張っていたのではないか、と今となって思うところがあります。

 

 年齢や、個々の性格にもよりますが、目に見えて親のがんを理解しているような態度やそぶりを見せなくても、心配やいたわりの気持ちをうまく言葉にできなくても、学校だけは休まず通っていたり、または不安でしょうがなくて学校やお友達がしんどくなってしまったり、お父さん・お母さんのそばから離れなくっても‥それはその子の向き合うかたちだと。

 

 また、がんによってお父さん・お母さんが亡くなってしまった場合、多くの場合、残された配偶者と共にまた人生を歩んでいくわけですが、そこには様々なかたちであらわれる、いわゆる『悲嘆』を親子で抱える日々の始まりでもあります。また同時に、親である残された配偶者や、子をがんで亡くした祖父母の悲嘆症状との生活でもあります。


 多くの場合、親の死は子どもたちにとってやはり残酷な現実です。

親のがん闘病を抱える家庭の実態を身にしみている子どももいます。

「がん」というものの命のせめぎあいの現場を目にし、体感してきた子どもたちがいます。

このような経験に巡り合わずに生きている大人よりも、ずっとたくさんの尊い経験をしています。  こういった背景のなかで成長してきた子どもたちや、死別を経験した子どもたちはそれぞれの家族のストーリーをもとに、個々に尊い体験をしています。年齢や、子どもそれぞれの資質や、多様な状況下で、子ども自身が感じた気持ちや感情を言葉に表現できないとしても、素晴らしいケアギバーとしての役割を立派に担ってきた子どもたちがいます。

 まず大人である私たちが知ることはたくさんあります。大人である私たちが知ることによって、声なき声である子どもたちや、患者さんご自身といったその時一番ケアが必要な方々に的はずれでない配慮ができるようになると思います。


 どんなに辛い体験をしていたとしても、子どもは素晴らしい生命力の塊です。

 子どもたちに、ゆっくりと、自分のペースで回復する時間を与えてあげてほしい。

日々の生活ではいろんなことがたくさんあるけれども、自然に少しづつ向き合っていけるようなあたたかいまなざしがまず欲しい。

 学校をはじめ、そういった子どもたちの周りの大人が、彼らにきめ細やかにあたたかく認め、尊重し、選択肢を与えるのは、労いの意も込めて、非常に尊い経験をした子どものたちの人権にも及ぶテーマではないかといっても過言ではないと考えています。